2025年10月、パシフィックコンサルタンツは京都大学防災研究所に寄附研究部門「流域土砂マネジメント研究領域」を開設しました。早速活動を開始した新研究組織「RiSM」(River Basin Sediment Management Lab.)は、「河川の動的マネジメントをとおして効率的・効果的な土砂災害対策技術の開発を目指す」という河川と砂防と防災を掛け合わせた世界にも例がない意欲的な研究テーマを掲げています。担当教員である竹林洋史特定教授と桑原正人特定講師、当社代表取締役社長執行役員 大本修、技師長 平川了治の4人が今後の研究や社会実装の展望などについて語り合いました。
INDEX
河川と砂防を一体で考えることが重要になっている
――まず京都大学防災研究所について教えてください。
竹林:防災研究所は1951年に設立されました。戦後間もなく日本は相次いで大きな台風や地震に見舞われ、災害学理の追求と防災学に関する研究を強化しなければいけないという問題意識があったからです。その後、避難や防災教育といった社会科学的な要素も加え、現在は「地震・火山」、「地盤」、「大気・水」、「総合防災」という4部門で構成されています。流域土砂マネジメント研究領域「RiSM」(リズム)は、この大気・水研究部門のなかの1つである気候変動適応研究センターに設置されました。
――竹林先生はもともと土砂災害を研究テーマにしてこられたのですか?
竹林:京都大学に来るまでは実は河川環境の研究をしていました。海外の多くの研究者は私のことをそちらの専門家として認識していると思います。河川の地形を研究して、どういう地形が川の生物にとって棲みやすく、さらに洪水氾濫が起きにくいかといった研究をしていました。川の中の生物のためにも防災を考えますが、生物のことだけを考えても川づくりはできません。また、洪水の氾濫を止めるという防災の視点だけでも川づくりはできないので、「RiSM」では、そこをうまくバランスをとるための研究をしていくことが出来るのではないかと考えています。
――パシフィックコンサルタンツも創立は1951年ですね。
大本:偶然ですが防災研究所と同じです。私たちは戦後の日本の復興をどう進めていくかというところから、鉄道、道路をはじめ、河川、港湾などの基礎的な社会インフラをつくるための調査、計画、設計、さらに維持管理を担ってきました。最近は、温暖化による災害の頻発化・激甚化が顕著になっていて、今までとは雨の降り方も違いますし、そのなかで川の氾濫というよりは土石流といった砂防系の被害が増えています。新たな土砂災害に対してどう対応するか、現在の大きな社会課題です。私たちも河川と砂防というそれぞれの分野を持っていますが、実務を進める上で、河川の計画や管理と土砂の問題は切り離せません。ところが、河川と砂防は学会も異なり、行政の世界も縦割りでまったく別になってしまっています。そのなかで竹林先生は、河川と砂防の両分野に精通した世界でも数少ない研究者です。今回の寄附研究部門の開設をひとつのきっかけにして、さらに研究を加速させていただければと思っています。
研究というスキームで世の中を変える
――新たな研究部門が目指すものはなんですか?
竹林:私は常々研究開発で「世の中を変える」というお話をしています。研究を通して少しでも社会を良い方向に変えることが出来れば、こういう仕事をしてよかった、生きていてよかったと感じることができるからです。私たちがやっている研究というスキームを使って、社会の理解を得ながら世の中をより良い方向に持っていくことを目指しています。
――社会に実装出来て、社会をより良く出来る研究を進めるということですね。

竹林:RiSMでは、土砂災害による被害ゼロを目指して、土石流の数値シミュレーション技術の高度化や土砂災害の発生予測技術の開発、土砂災害からの効果的な避難方法など、社会実装可能な"流域土砂マネジメント技術"の開発を進めます。RiSMが大切にする研究活動の理念を7つの漢字で表しました。解析などのスピードが上がれば研究の効率が上がり、多くの解析ができるとともに解析結果の検討に十分な時間を使えます。平易で使いやすければ高度な技術も活用されやすくなります。また、正確で原理原則を踏まえ、世の中の需要を踏まえたものであること、そして研究者もその受け手も双方が笑顔になり、人も動植物も穏やかに過ごせる水辺をつくっていける研究をしたいと思っています。
――漢字は理念的なことも直感的に理解できますね。具体的には、どのような研究を進めるのですか。
桑原:研究テーマとして現在は表のような6つを考えています。山の集水区域から河川区域、最終的には河口域、河口砂州までを対象にします。
| 1 | 流域規模の土砂×洪水×流木動態モデル |
| 2 | 土石流数値解析×捜索救助支援技術 |
| 3 | 河床変動解析×洪水予測高度化技術 |
| 4 | 河川の動的マネジメント技術 |
| 5 | 警戒情報(「どしゃブル」)の信頼性向上技術 |
| 6 | 海外仕様の警戒避難サービスパッケージ開発 |

竹林:先ほど大本社長がおっしゃったように、現在は河川と砂防はまったく別の世界です。川の治水に関する計画に土砂が考慮されず、川に大量の土砂が流れ込んで、川底が上がって氾濫するということが考えられていません。土砂を考慮することが私たちの研究の大きなポイントです。それによって、どこからどれくらい氾濫するや、流量が少なくても氾濫するということがわかってくるわけです。アメリカやヨーロッパの大陸河川と違って、日本の川は急勾配で、川の中を流れる土砂量が非常に多いです。そのため本来日本の河川整備では、ほぼすべての河川で土砂を考慮して治水対策をするべきです。そういった意味でRiSMは新しい技術を示す研究が出来ると思っています。またパシフィックコンサルタンツの河川技術者のみなさんは土砂の流れを理解している人が非常に多いので、現場でのニーズをインプットしてもらいやすいと思っています。
桑原:建設コンサルタントとして現場経験が長い者の立場でいうと、現状で河川の計画段階には土砂のことが直接的には考慮されていません。維持管理の段階では、土砂移動がどのくらいで安定するかといったことを考えます。河川計画の当初段階で土砂の動きを含めて俯瞰的に見ることや、テクニカルな計算式を使いこなせる人は残念ながらわずかです。しかし、河川管理者が土砂についてどのようなことで悩んでいるかとか、何度も同じことを聞かれているという経験は持っているので、これらの現場のニーズを研究開発に取り入れていくことができます。現場を知っている技術者と研究者の掛け算がうまくいけば、竹林先生がおっしゃる「研究開発で世の中を変える」ができると思っています。
――実際の需要に沿った研究になりますね。
竹林:まずは水害を減らすことが出来ます。2024年12月に国土交通省は、流木というキーワードを掲げ、今後は流木を考慮したハザードマップを中小河川でも考えていくことが大臣から発言されました。今の川づくりは、上流からこれくらいの水が来ます、その水を流す大きさにします、という考え方ですが、実際はそこに土砂や流木が入ってきたりして、流木が橋に引っかかって河道閉塞を招いてしまい、水が少なくても氾濫するということが起きるわけです。また、土石流や土砂災害について、今は数値シミュレーションによって土石流の流れを把握した上での対策ができているところは世界でどこもありません。一方で土石流の数値シミュレーション技術はこの10年くらいで格段に発達しており、うまく使えば、非常に効率的・効果的な対策を考えることが出来ると考えています。
また、イエローゾーンと呼ばれる土砂災害警戒区域が設定されていますが、実はシミュレーションをすればほとんどのところで土砂は危険な状態では流れて来ないことがわかります。避難所など別の場所に避難しなければならない人は1割くらいにすぎません。しかし今はイエローゾーン内であれば全員避難指示となります。指定されている地域の多くは宅地が急傾斜地にあり、そもそも豪雨の時は子供や高齢者を避難させることに危険が伴います。シミュレーションにより、9割の人が自宅にとどまることができれば、避難所が一杯になることもありませんし、避難所での体調の悪化といったことも大幅に減らすことができます。
大本:早く実効性のある避難対策に結びつけたいですね。
竹林:土砂災害警戒区域の指定は法に基づくものですから、変えるためには法改正が必要でハードルが高いのが正直なところです。あとはシミュレーション技術をどこまで信頼していいのか、不安もまだあるわけです。ただ、今設定されている土砂災害警戒区域の精度にくらべてシミュレーションによるものは圧倒的に精度が高いということは多くの技術者が理解しているので、どういう形でシミュレーションの成果を活かすかという検討は進んでいますし、市町村レベルでは実際にシミュレーションが活用されています。土砂災害警戒区域は日本中に70万箇所以上あり、これだけあると、ある地域では二重三重に土砂災害警戒区域が設定され、全体として非常に広い範囲が土砂災害警戒区域となり、避難する場所が近くに確保できません。そこで警戒区域の中であっても避難所をつくるということをやっています。シミュレーションすれば500m、600m先まで行かなくても、20m、30m程度の移動ですぐ避難できる場所が確保できるということがわかります。国土交通省も先行事例として認めているので、国としてこの方向で行きましょうという形で進んでいくことを期待しています。
平川:先生の「世の中を変える」研究で、私が期待している一つが研究概要の2番目に上げられていた捜索救助支援技術です。捜索救助の現状は、広範囲に土砂崩れがあって行方不明者が出た場合に、自衛隊や消防が人海戦術で崩壊斜面に立ち入って活動をしています。いわばリスクを負いながら経験と勘で行っている厳しい環境です。そこに先生と開発する土石流シミュレーションを活用すると、行方不明者がどこに流されているか絞り込みが出来るようになり、早期発見につながって人命を救う可能性がより高くなると同時に、捜索隊の安全性も増します。つまり、日本の土砂災害現場における捜索救助活動を一変させることができます。こういった技術開発に関わるということは、私たちのやりがいにもつながり、働くことの大きなモチベーションになっていくと思います。
京都大学防災研究所とパシフィックコンサルタンツの共創の意義
――RiSMの誕生は防災研究所と当社の新たな共創のきっかけになるものだと思います。お互いにどんな期待を持っていますか。
平川:私たちとしては、今まで以上に、河川×土砂という新たな流域土砂マネジメントの研究に触れる機会を得ることになります。多くの社員がRiSMに技術相談をするような機会をたくさんつくっていきたいです。研究開発で世の中を変えるというイノベーションが実際に進んでいくのを間近に見て、イノベーションに挑戦するマインドを養ってもらえればと思っています。これまでも多くの大規模災害の復旧・復興支援や、防災・減災対策などを担ってきた今、技師長として災害レジリエンス構想をたてて「機能停止ゼロ社会」の実現を目指しています。自然災害による犠牲者ゼロはもちろんですが、暮らしや生業を続けていくためには社会経済活動を止めてはなりません。そのためには企業だけでなくこうして産学が連携していくことが重要です。今回の寄附研究部門は新しい1歩です。
竹林:私たちとしても実際に技術者が現場で使いやすい技術を開発していきたいと思っていますが、具体的なニーズは皆さんからいただかないとわかりません。専門分野の研究者しか見えていないことがある一方で、いやそう簡単にはいきません、というご意見をいただくことは重要です。誰もがまだイメージしていないような考えをパシフィックコンサルタンツの皆さんと議論しながら共有できるとうれしいなと思います。現場ですぐに使えるような技術の開発を研究テーマとして設定することで、世の中を速やかにより良い方向に変えていける。そういうことを一緒にやっていけるのではないかと思っています。
大本:砂防や河川に限らず、私たちはいろいろな分野を持っているのでぜひ現場からの情報や課題をお伝えしていきたいですね。RiSMは、まずは3カ年で、2人の先生の、ある意味ではスモールスタートですが、先生と一緒に大きくして日本を代表するような研究室にしていきたいと考えています。
竹林:防災研究所もパシフィックコンサルタンツも、さらに行政や住民の皆さんも含めて、10年後に、この寄附研究部門をつくってよかったと思っていただけるものにしていきたいですね。
